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yutaka027’s diary

ゆるりと書くよ

バスの中

外が寒くても暑くても温度が一定に保たれたバスの中
どこに流れて出ていくのかもわからずに行き場をなくした空気は車内の中を浮遊している
それを吸い込む度に頭痛がして目をつぶる
運転手さんが車内の様子をうかがうための小さなミラーからは帽子を深くかぶり目の部分が陰ってしまいどんな顔をしているのかわからない
気を晴らそうと窓の外に目を移すが窓にびっしり付いた赤ん坊のほっぺに残る涙のあとのようなものが邪魔をして、外の世界をぼやかす
再び外の風景に集中しようとする。しかし気がつけばまた吸い込まれるように目の焦点が赤ん坊の涙のあとに合ってしまう
一度気にするともう手遅れでそれから目を離すことができなくなる
ずっと見ていると鳥ウイルスやエボラ出血熱のウイルスを顕微鏡で拡大したみたいに無数の水泡を見ているのではないかと恐ろしくなる
この窓の外に張り付いている無数の水泡がもし内側に付いていたらと考える
全身の血の気が騒ぎ、そうなることを全力で阻止しようと細胞が働き始めた結果、顔がなぜか痒くなった
鏡で見たら何か赤い湿疹が見えてしまう気がしたのであえて確認はしない
バスが動いても建物の影に隠れることのない太陽はしつこく僕が乗っているバスを追いかける
いつまでたっても視界からは光が途絶えず、むしろさっきより目に差し込む量が増してきた
悲しいバス
車内には十人間程度の人
皆私とは全く違う人生を歩む赤の他人
皆の顔に運転手さんのような深い陰りが落ちてうまく感情を汲み取ることができない
微動だにしないので息をしていることすら不安になってくる
前を向き頭をだらしなく下に倒す
自分だけ色のない世界に閉じ込められた
誰かの名前を呼んでも返事はない
聞こえるのは無音の中の沈黙の音
意味もなく空いている耳の穴を出入りする空気の音
それ以外なにも聞こえない
やがて助けがくるだろうと永遠に待つ広い空間
そんなイメージがこのバスには感じられる
運転手がバスを駅のターミナルに綺麗に付けた後、鈍い振動がした
音が鳴るのと同時に扉が開く
掃除機で吸われていくほこりのように乗客は軽々と扉に吸い寄せられる
一番最後に降りたらすぐさま新しい乗客が入口から乗り込んできた
このまままっすぐ帰るのも気が引ける
改札へ続く階段を人の波になるべく沿って歩くことを心がけながらもゆっくりと歩く。その間に考えたあげく、改札の近くの無難なカフェに入ることにした
いつものソイラテを一つ頼むとはちみつとシナモンを加えて飲めるように甘くする
席につくといつもと何一つ変わることのない生活の動作のようにイヤフォンを耳にはめる
そのイヤフォンからは音は流れてこない
音楽を聴くためにイヤフォンをしているわけではなく、無意味に、そして自然とイヤフォンを耳にはめてしまう
そこに一つの安らぎを求めているのかもしれない
輪郭のするどい体外の耳で聞こえるすべての音を丸くぼやけさせてくれる
母体の中で聞こえてくる外界の音のように
上唇の上についたラテの泡を舌で舐めながらケータイのメモに今日見た自分の目に映るものを順番に打っていく
誰にも読まれずに消化不良のまま、もう時期壊れてしまうデジタルの中に眠り、目を覚ますことはない
それなのにカバンは店内の机に乱雑に放ったまま、コートも肩まで脱いで脱皮途中の蝉みたいになってくしゃくしゃになっていることをお構いなく熱心にケータイを見ている
ケータイを打つ左手だけが高速に動いているだけでその他は特に動かない
たまに思い出したかのようにソイラテの入ったカップに口をつける
そしてまた高速に左手を動かす
目が疲れてきて店内を眺める
最初に入ったときに座っていた客はいつの間にか出てしまい、新しい客が各々本を読んだり、なにかの申し込みの手続きを書いていたり、派手なアクセサリーを付けたおばちゃんたちが種類の違うケーキを食べながら話している
自分の左右に座っていた若い女性も
今は仕事のできそうな40代のおばさんと小太りの夫婦に変わっていて驚いた
机の上に乗っているソイラテのカップは飲んだ時の泡のあとがカップの内側に張り付き、地層みたく積み重なっているせいで飲んだ時間を正確に表している
それを見て自分がどのくらいここにいるのかがわかった
この店に入ってからケータイを見てじっとしているだけだった
隣の仕事のできそうな40代くらいのおばさんが立ち上がり待ち合わせで時間を埋めるために寄ったのか二十分前後で出てしまった
左の席がぽっかり空き、その隣の席の若い同い年くらいの女性が初めて見えた
机の上に教科書だのノートだの開き、黄色やピンクのマーカーが散らばっている
真っ赤な布の筆箱が印象的だ
明確な目標があり、ここにきたという感じが伝わってくる
僕は馬鹿らしく思い、店をようやく出た
それから家路に向かうバスに乗ってしばらく目をつぶった